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 「CDCも関与するDMDの呼吸ケアガイドライン」
 国立病院機構八雲病院 
小児科医長兼臨床研究部長 石川悠加
 1.はじめに
神経筋疾患の呼吸機能障害に対して、窒息や気管切開を回避する手段が進歩しています。鼻マスクや鼻プラグ、マウスピースなどを使った非侵襲的陽圧換気療法(Noninvasive positive pressure ventilation=NPPV)と咳介助による気道クリアランス(Mechanical In-Exsufflation=MI-E)を活用し、一層のQOLと予後の改善が可能です。
スイスで、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy= DMD)35人(8~33才)のQOLは、電動車いすとNPPVなど適切な治療選択により、低下することなく、維持されると報告されました1)。医療スタッフは、DMDのQOLを低く見積もる傾向にありますが、“DMDは高いHQOLを保ち得る”という認識を持つべきであるとされています。
近年、上記のような治療を望まれ、北海道内はもちろん、全国からも気管切開や気管内挿管チューブの抜管、NPPVとMI-Eの活用に来られる方がいます。
2.神経筋疾患・脊髄損傷の呼吸リハビリテーションガイドライン策定について
 神経筋疾患、脊髄損傷の呼吸障害はいずれも呼吸筋の麻痺ないし筋力低下に起因します。これらの疾患は、呼吸障害の代表的疾患である慢性閉塞性肺疾患(COPD)よりも数が少なく、ほとんどの臨床現場では希少です。呼吸運動が不足しているこれらの疾患においては、換気、気道クリアランス等に機器が必要であり、それを使いこなす技術が重要です。
 救命救急センターに入院する神経筋疾患、脊髄損傷は比率としては少なく、他の疾患や病態との差異が理解されにくい点があります。近年、各病院に呼吸ケアチームが結成されていますが、専門技術の普及、継続性などにおいて、課題は山積しています。
神経筋疾患、脊髄損傷の呼吸リハビリテーションについては、これまで多くの知見が積み重ねられています。しかし、普及という点では不十分です。麻痺性疾患の呼吸リハビリテーションをどのように行うべきか、ある一定の線を示し啓蒙するため、日本リハビテーション医学会ではガイドラインを作成する方針とし、2010年3月に策定委員会が設置されました。関連する各学会と患者会にご協力をいただき、有用なガイドラインを作り上げていく予定です。
3.CDC関与の筋ジストロフィーケアのガイドライン
「DMDのベスト・プラクティス・ケアの国際コンセンサス・ガイドライン」が出ました2)。ヨーロッパ神経筋疾患患者家族の会TREAT-NMDのホームページに公表しています。家族版も、各国語訳あり)。米国疾病予防管理センター(CDC)が作成を促進しました。呼吸ケアについては、以下のアメリカ胸部医学会(American thoracicsociety:ATS)2004年3)や、アメリカ胸部医師学会(ACCP)2007年4)のコンセンサス・ステートメントを推奨しています。これらのDMDの呼吸ケアは、あらゆる神経筋疾患に応用できるとされています。呼吸ケアの主な流れは
 ①  気道クリアランス    
 ②  呼吸筋トレーニング    
 ③  睡眠時のNPPV    
 ④  終日NPPV    
 ⑤  気管切開人工呼吸    (NPPV拒否例に限り考慮)です。
最近、Bach JRらは、DMDなど多くの神経筋疾患において、他の病院で気管内挿管 の抜管困難に陥り、NPPVとMI-Eを用いて、抜管を成功させ、気管切開を回避できる例を報告しました5)。心筋症に対する心保護治療としても、NPPVが有効な可能性があります)。
4.呼吸ケアの推奨ポイントを示します。
   6歳ごろより、年1回程度は、検査法習熟も兼ねて、肺活量を測定する。
  車いすになったら、咳の最大流量(cough peak flow:CPF)、酸素飽和度(SpO2),呼気終末炭酸ガス分圧(PetCO2)を定期的に(年1回程度)測定する。
症状を認めたり、肺活量が50%以下、昼間のSpO2<95%やPetCO2>45mmHgでは、睡眠時にSpO2,および経皮炭酸ガス分圧(PtcCO2)かPetCO2測定を行う(年1~2回程度)。
   肺活量が50%以下になったら,最大強制吸気量(maximum insufflation capacity:MIC)を測定する。
   CPFが270 L/min以下(12歳以上の指標)に低下したり,頻回の風邪、排痰困難、食物によるむせの悪化、肺炎や急性呼吸不全のエピソードがあれば、徒手または器械による咳介助(MI-E)を習得する。
   気管内挿管を要した場合は,酸素を付加しなくてもSpO2が95%以上を維持し、高二酸化炭素血症を認めなくなってから,抜管する。抜管の際に睡眠時NPPVの適応を考慮する。
  慢性肺胞低換気症状を認め,昼間や睡眠時に、PtcCO2またはPetCO2≧45 mmHg,あるいはSpO2<90%を一定以上認める場合に,夜間のNPPVの適応になる。必要に応じて昼間にもNPPVを追加する。
   気道確保が困難な場合は,インフォームドコンセントを行って気管内挿管する。
   
4.呼吸ケアの推奨ポイントを示します。
当院において、1964年(昭和39年)から2010年まで、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)187名が入院または外来受診しています。時代により、呼吸・循環治療介入が変わり、生存率が改善しています6)。
 ① 1964年から1984年までは、全国の国立療養所筋ジス病棟入院者には、長期に人工呼吸器を使うという選択肢はまだありませんでした。その時の50%生存年令は18.1才でした。
  1984年に、東京や大阪の国立療養所筋ジス病棟入院において、長期の気管切開人工呼吸や体外式人工呼吸が導入され、当院でも、1984年から1991年まで気管切開人工呼吸を24名に行いました。体外式人工呼吸も3名に短期間行いました(しばらくしてNPPVに移行)。気管切開人工呼吸の方の50%生存年令は28.9才でした。
    その後、1991年から、人工呼吸としては、NPPVが行われるようになりました。
当院では、1991年から、DMDに気管切開人工呼吸は適応されていません。現在、NPPVを使用して88名が生存しています。NPPVの方の50%生存年令は39.6才でした。(ただし、若年性心筋症タイプだけは、イギリスでも別枠になっています)
   
6.NPPVの今後へ向けて
①NPPVと小児緩和ケアへのバリア
NPPVに対するバリアを克服するためには、患者の自己効力感の高さが、鍵となります7)。さらに、臨床指導者と目的を共有できるチーム医療が必要です。米国のようなRTがいない国では、医師、看護師、理学療法士、臨床工学技士らが、その仕事を分担します。カウンセリングなど心理サポートも有効です。
欧米では、小児緩和ケアは、悪性腫瘍だけでなく、小児神経筋疾患も対象です。しかし、適切な専門医療を選択し、生命とQOL維持を最大限にすることには、両親は消極的な傾向があります8)。この小児緩和ケアに対するバリアを乗り越えるため、専門医療チームによる両親のサポートが重要です。カナダでは、最近、その専門性を高める教育が、大学の医学部や各学部で開始されました。
NPPVネットワーク支援機構のホームページ(http://www.nppv.org/)には、当院で気管切開を塞いでNPPVと電動車いすを使用する設計士さんが、国内外の神経筋疾患のNPPV関連の情報を満載しています。
②延命に伴う新たな問題
クリーブランドの大学病院の、小児筋ジストロフィー協会によるクリニックでは、DMDは、呼吸器系の合併症が主な死因であったため、小児呼吸器科医がフォローしています9)。そこで、これまでほとんど予想できなかった医学的、社会的、倫理的問題に直面しています。たとえば、まれな未知の医学的合併症や、経験したことが無い疾患の重症度に悩まされます。加齢に伴い、家族はケアの負担の増大に対処し、QOLの低下を長期化するおそれがあります。クリティカルケアの資源を利用するのに適格であるという社会の受け入れと、延命した患者の医療の提供者が小児科から内科に移行することが、実用面や倫理面の問題を複雑にしています。
NPPVや気管切開人工呼吸などの在宅人工呼吸をしている神経筋疾患児の両親は、繰り返す喪失感、不安、重責と孤独を体験しています10)。両親の熟練したケアの継続が子どもの命とQOLのライフラインとなるため、医療スタッフとコミュニティーによるサポートの充実が急務です。
NPPVが生命を延長することで、まれで未知の医学的合併症や、経験したことが無い疾患の重症度に対処することになる。加齢に伴う本人のQOLを維持するために、専門多職種によるケアと介助者に対するサポートを充実する必要があります。
NPPVや気管切開人工呼吸などの在宅人工呼吸をしている神経筋疾患児の両親は、繰り返す喪失感、不安、重責と孤独を体験しています10)。両親の熟練したケアの継続が子どもの命とQOLのライフラインとなるため、医療スタッフとコミュニティーによるサポートの充実が急務です。
NPPVが生命を延長することで、まれで未知の医学的合併症や、経験したことが無い疾患の重症度に対処することになる。加齢に伴う本人のQOLを維持するために、専門多職種によるケアと介助者に対するサポートを充実する必要があります。
非侵襲的陽圧換気療法や徒手や器械による咳介助が推奨されています。また、小児呼吸器科医達が中心となり、
2004年に米国胸部医学会から、2006年には米国胸部医師学会から、小児期発症の神経筋疾患の呼吸ケアのコンセンサス・ステートメントが公表されたことも、概説しています。そして、米国だけでなく世界中で、小児神経筋疾患の呼吸ケアのスペシャリストが不足しているというクライシスへの対策を呼びかけています。
本邦でも、急性期から慢性期までの小児神経筋疾患の非侵襲的呼吸ケアが適切に活用されるように、最近の知見を紹介します。
④ 専門マネジメントセンターの重要性
ボストン近郊の急性期病院のNPPV活用率は、全体の人工呼吸管理の20%でした。病院により、NPPV活用率が“0%”と“>50%” の大きな差がありました12)。
NPPV活用率が低い病院の理由は、第1に「医師の知識不足」、次に「呼吸療法士(Respiratory therapist=RT)のトレーニングが不十分」「機器が適切でない」などでした。
特に、神経筋疾患では、NPPVの選択を十分にできるためには、非侵襲的な呼吸ケアのテクニックと神経筋疾患の専門的マネジメントの両方をできるセンターの開発が重要です3)。
デンマークでは、1980年代に筋ジストロフィー協会が、人工呼吸を選択する人々のための呼吸ケアの改善を主張しました13)。1991年に神経筋疾患や他のまれな疾患の慢性呼吸不全のマネジメントセンターが2ヶ所創立されました。このような疾患の専門的治療をセンター化し、経験を蓄積し、研究を強化するためです。1993年から、DMDにおいて、長期人工呼吸はスタンダードな治療になりました。本邦では、2006年に日本呼吸器学会の「NPPVガイドライン」14)や
2008年に厚生労働省筋ジストロフィー研究神野班による「DMDの呼吸リハビリテーション」15)が刊行されました。今後、これらを参考に、地域の医療事情、歴史、経済、文化に適合した、神経筋疾患の専門ケアと呼吸マネジメントができるシステムの充実が望まれます。

主な参考文献
 1) Kohler M, Clarenbach CF, Boni L, et al : Quality of life, physical disability, and respiratory impairment in Duchenne muscular dystrophy.Am J Respir Crit Care Med 2005;172:1032-1036.  
2)  K. Bushby, R. Finkel, D. Birnkrant, L. Case, P. Clemens, L. CripeA. Kaul, K. Kinnett, C. McDonald, S. Pandya, et al. Diagnosis andmanagement of Duchenne muscular dystrophy, part 2: implementation ofmultidisciplinary care.The Lancet Neurology, Volume 9, Issue 2, Pages177-189、2009  
 3)  AmericanThoracic Society Board of Directors.Respiratory care ofthe patient with Duchenne muscular dystrophy. ATS Consensus Statement.Am J Respir Crit Care med 2004;170:456-65.  
 4  Birnkrant, DJ, Panitch, HB, Benditt, JO,et al. American college ofchest physicians consensus statement on the respiratory and relatedmanagement of patients with Duchenne muscular dystrophy undergoinganesthesia or sedation. Chest 2007;132: 1977-1986.  
 5  Bach JR, Goncalves MR, Hamdani I, et al. Extubation of patients withneuromuscular weakness. A new management paradigm. Chest 137: 1033-10392010.  
 6 Ishikawa Yuka, Miura T, Ishikawa Yukitoshi, Aoyagi T, Ogata H, HamadaS, Minami R. Duchenne muscular dystrophy:Survival by cardio-respiratoryinterventions. Neuromuscular Disorders 21.2011:p47-51)  
 7 Hess DR. How to initiate a noninvasive ventilation program: Bringing the evidence to the bedside.Respiratory care 2009;54:232-245.  
 8  Liben S, Papadatou D, Wolfe J et al. Pediatric palliative care:challengesand emerging ideas. Lancet 2008;371:852-864.  
 9  Mah JK, Thannhauser JE, McNeil DA, et al. Being the lifeline: The parentexperience of caring for a child with neuromuscular disease on homemechanical ventilation. Neuromusc Disord 2008;18:983-988.  
 10  Pulmonary management of pediatric patients with neuromuscular isorders:proceedings from the 30th annual Carrell-Krusen NeuromuscularSymposium. February 20,2008, Texas Scottish Rite Hospital, Dallas, Texas.Pediatrics 2009;123(Supplement):S215-S252.  
 11  Maheshwari,V, Paioli D, Rothaar R, et al. Utilization of NoninvasiveVentilation in Acute Care Hospitals. A Regional Survey.Chest2006;129:1226-1233.  
 12  Jeppesen J, Green A, Steffensen BF, Rahbek J: The Duchenne muscular dystrophy population in Denmark, 1977-2001: prevalence, incidence and survival in relation to the introduction of ventilator use.Neuromuscular Disorders.2003;13:804-12.  
 13  日本呼吸器学会NPPVガイドライン作成委員会:NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)ガイドライン、東京:南江堂、2006  
 14  筋ジス研究神野班リハビリテーション分科会編.デュシェンヌ型筋ジストロフィーの呼吸リハビリテーション.厚生労働省精神・神経疾患研究委託費 筋ジストロフィーの療養と自立支援システム構築に関する研究.2008.  
     
     
     



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